2022.08.06
【最新情報】小泉凡教授 寄稿文

みなさま、こんにちは。小泉凡(ぼん)と申します。
本日は、新作舞台「ハーンの面影」のご公演、まことにおめでとうございます。
また、ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲を新作舞台のテーマとしていただきましたこと、そして会場にお運びくださいましたことを心から御礼申し上げます。
明治23(1890)年4月4日、曽祖父、ラフカディオ・ハーンは、地球半周を超える人生旅行を経て、桜花爛漫の横浜に到着します。39歳の時でした。
その後、松江、熊本、神戸、東京へと移り住み、54歳で東京の土に眠ります。
なかでも、最初の赴任地、松江での体験は格別で、五感を刺激する明治の松江の風景や音風景にインスパイアされ、その体験を『知られぬ日本の面影』に描き世界へ発信します。
最晩年の著書『怪談』に収録された名作「雪女」も、松江で妻セツの養祖父が大雪の日に雪女に遭遇したエピソードを聴いて興味をもったのが発端。
「ろくろ首」も、セツの髪結いだったおコトさんの先輩髪結いが、評判のおコトを妬み、
「おコトはろくろ首だ」という噂を松江市中に捏造して広めた事実から、この興味深い妖怪の存在を知ることになるのです。
だから松江は「『怪談』のふるさと」と言えるのです。
概して西洋人が忌み嫌う虫たちも、ハーンにとっては最愛の生き物でした。
蛙や蛇や蝉や鳴く虫たちを、日本人はあるがままに受け入れ、それを詩歌という芸術に詠む。
そんな日本人の自然観を「最も健全で最も幸せな自然との向き合い方」と絶賛しました。
とくに、一寸の虫にも五分の魂を見出し、その声音を愛でる「虫聴き」の文化に、洗練された日本人の感性を見出し、自分のルーツでもある古代ギリシャ人の感性との響き合いを探ります。
ハーンは、父母離婚、養育者の破産、左眼の失明、公園で寝泊まりする赤貧の生活、2度の感染症罹患による生死を彷徨う体験など、多くのカタストロフィを経験した人です。
だからこそ、最初から偏見をもたずにオープンマインドで対象をリスペクトしたのでしょう。そして生涯、かそけきものたちの声音に耳を傾け続けたのだと思います。
ハーンが、そんな日本人の独特な世界観に出会った驚きと喜びの表情をイメージしながら、五感で公演を楽しんでいただくのもよいのではないでしょうか。
ご公演のご成功をお祈りいたします。
松江にて
小泉 凡(小泉八雲記念館館長、島根県立大学短期大学部名誉教授)